万葉集

紫は

紫は 灰さすものそ 海石榴市の 八十の衢に 逢へる子や誰 作者未詳 (万葉集 巻12 3101) 紫染めには椿の灰を入れるものだ。 その海石榴市のいくつもの道が交わる辻で出逢った、あなたは誰?

梓弓

梓弓 爪引く夜音の 遠音にも 君の御幸を 聞かくし良しも 海上女王 (万葉集 巻4 531) 魔よけの梓の弓の弦を、爪ではじく、夜の遠い音のようでも、 君のお出ましを聞き申すのは嬉しゅうございます。

濁り酒

験なき 物を思はずは 一坏の 濁れる酒を 飲むべくあるらし 大伴旅人(万葉集 巻3 338) しょうもない物思いをするくらいなら、 一杯、濁り酒を飲んだほうがいいようだ。

言霊

磯城島の 大和の国は 言霊の 助くる国ぞ ま幸くありこそ 柿本人麻呂(万葉集 巻13 3254) 大和の国は、言葉の魂が人を助ける国。 どうかご無事で。

懐古

わが命も 常にあらぬか 昔見し 象の小河を 行きて見むため 大伴旅人(万葉集 巻3 332) わが命も変わらずあってほしい。 昔見た象の小川を再訪したいのだ。

いたもすべなみ

君に恋ひ いたもすべなみ 奈良山の 小松が下に 立ち嘆くかも 笠女郎(万葉集 巻4 593) 貴方に恋をして、どうしていいかわからないので 奈良山の小松の下で立ち尽くして嘆いている。

海や死にする

いさなとり 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ 作者未詳(万葉集 巻16 3852) いさなとり 海は死ぬのか、山は死ぬのか。 ――死ぬからこそ海は潮涸れて、山は枯れるのだ。 さだまさしの歌にこんなのがあったような。

春の野に

春の野に すみれ摘みにと 来し我そ 野をなつかしみ 一夜寝にける 山部赤人(万葉集 巻8 1424) 春の野原に菫を摘みに来た私は、 野に心惹かれて、一晩明かしてしまった。

さし焼かむ

さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて うち折らむ 醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに この床の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも 詠み人知らず(万葉集 巻13 3270) 燃やしてやりたい小さなぼ…

呼子鳥

神奈備の 磐瀬の社の 呼子鳥 いたくな鳴きそ 我が恋増さる 鏡王女(万葉集 巻8 1419) 神奈備の磐瀬の社で鳴く呼子鳥よ、そんなに鳴かないでくれ。 私の恋心が募ってしまう。

安礼の崎

いづくにか 舟泊てすらむ安礼の崎 漕ぎたみ行きし 棚なし小舟 高市黒人(万葉集 巻1 58)今はどこに船泊まりをしているのだろう。 安礼の崎を漕ぎ廻っていった、船棚もない小さな舟は。

杜鵑

ほととぎす 間しまし置け汝が鳴けば 我が思ふ心 いたもすべなし 中臣宅守(万葉集 巻15 3785)ほととぎすよ。少し間を置いて鳴いてくれ。 お前が鳴くと、私の恋心が全くどうしようもなくなるのだ。

山のしづくに

あしひきの 山のしづくに 妹待つと 我立ち濡れぬ山のしづくに 大津皇子(万葉集 巻2 107)山のしずくに貴方を待って立ち濡れてしまいました。 山のしずくに。

姫百合の恋

夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の知らえぬ恋は 苦しきものそ 大伴坂上郎女(万葉集 巻8 1500)夏の野に生い茂る繁みの中で咲く姫百合みたいに誰にも知ってもらえない恋は苦しいものよ。

清き瀬を

千鳥鳴く 佐保の川門の 清き瀬を馬打ち渡し いつか通はむ 大伴家持(万葉集 巻4 715)千鳥の鳴く佐保川の渡しの澄んだ浅瀬を馬に渡らせ、いつか行きたい。

眉引き

振り放けて 三日月見れば一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも 大伴家持(万葉集 巻6 994)はるか振り仰いで三日月を見れば ただ一度きり見たあの人の眉の形が思い出されることだ。

いづくにか

いづくにか我が宿りせむ高島の勝野の原にこの日暮れなば 高市黒人(万葉集 巻3 275)どこにわたしは宿ろうか、 高島の勝野の原で、この日が暮れてしまったら。

烏とふ 大をそ鳥のまさでにも 来まさぬ君をころくとそ鳴く 東歌(万葉集 巻14 3521)カラスという大まぬけな鳥が、本当にもおいでになるはずのない貴方が、来る来る(ころく=「児ろ来」)と鳴いている。 「ころく」は、「Coke(カーク)」のような発音か。 だと…

恋にもそ

恋にもそ 人は死にする水無瀬川 下ゆ我痩す 月に日に異に 笠女郎(万葉集 巻4 598)恋のために人は死にさえするのね。水無瀬川の見えない水のように私は瘦せ衰えてゆくわ。月ごと日ごとに。

大君は神

大君は神にしませば 天雲の雷の上にいほりせるかも 柿本人麻呂(万葉集 巻3 235)天皇は神でいらっしゃるので、雲の雷の上に庵を結んでおられるのだなぁ。

風と申さむ

玉垂の 小簾のすけきに 入り通ひ来ねたらちねの 母が問はさば 風と申さむ 古歌集(万葉集 巻11 2364)玉すだれの隙間から入って、通って来て。母に訊かれたら、風よ、と申しましょう。

旅の丸寝の紐

草枕旅の丸寝の紐絶えば 我が手と付けろこれの針持し 椋椅部弟女(万葉集 巻20 4444)草を枕にする旅で服を着たまま寝るときに、もし着物の紐が切れたなら、 ①自分の手でつけて下さいね、この針を持って ②私の手と思い付けて下さい、この針を持って 防人に行く…

月やあらぬ

月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして 業平朝臣(古今集 巻15(恋歌5)747)月は、そして春は、以前と同じで変わりない。 (しかし、そうした自然ではないのだから、人は変っていくものなのに、) 私の身一つは元通り、取り残されてしまっ…

航跡もなし

世の中を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし 沙弥満誓(万葉集 巻3 351)世の中を何に譬えよう。夜明け、海に漕ぎ出て行った船の航跡さえ残ってはいない、そんなものだろうか。 有名な歌。船は苦手であまり乗らないのだが、航跡というのは、どのく…

春の園

春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子 大伴家持(万葉集 巻19 4139)春の園に紅色に美しく輝いている桃の花。その樹の下、照り輝く道に出てたたずむ乙女よ。

人は古りにし

物皆は新しき良しただしくも人は古りにし宜しかるべし 詠み人知らず(万葉集 巻10 1885)(一般に)物は皆、新しいのが良い。 ただし、人間は年をとって古くなった方がよいのだろう。

紅と橡

紅は うつろふものそ橡の なれにし衣に なほ及かめやも 大伴家持(万葉集 巻18 4109) 紅の花の染め物というのは、綺麗でも色褪せやすいもの。橡で染めた・着馴れた衣の方が、やはりいいものよ。 浮気相手の女を紅(くれない)で染めた衣服に、都の妻を橡(…

幸くあれ

父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる 丈部稲麻呂(万葉集 巻20 4346) 別れ際に、父と母とが私の頭を撫で回して、「達者で」と仰った、 その言葉が今も忘れられないのです。 「幸くあれ」の読み。「さきくあれ」だと思っていたのだが、この…

三輪山

三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや 額田王(万葉集 巻1 18) 三輪山をそのようにも隠してしまうのですか。せめて雲にだけでも思いやる心があってほしい。雲が隠してよいものか。 667年、近江への遷都。常日頃共に暮らし、敬ってきた山…

有間皇子

磐代の浜松が枝を引き結び真幸くあらばまた遷り見む 家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る 有間皇子(万葉集 巻2 141・142) 磐代の浜の松の枝を引き結び、無事を祈る。もし願いが通じ無事であったならば、また此処に戻りこの松を見よう。 家…